【2026年最新】固定残業代が無効になるリスクと、企業が今すぐ確認すべき実務対策

多くの企業で導入されている固定残業代制度は、一定程度の残業が日常的に発生することを想定し、月に数時間〜45時間程度の時間外労働に相当する残業代を、毎月の給与としてあらかじめ支払う制度です。

もっとも、制度の設計や運用を誤ると、固定残業代として認められず、結果として未払賃金が生じる可能性があるため、注意が必要です。

固定残業代の有効性が争われる場面では、制度の内容だけでなく、実際の運用状況まで含めて厳密に確認されます。

特に、制度導入から一定期間が経過している企業では、導入当初は適切に設計されていたとしても、給与改定の際に固定残業代の金額が固定残業時間数に見合わなくなっていたり、近年の判例の考え方と合致しなくなっているケースも少なくありません。

また、近年は求人広告において固定残業時間数や金額の明示が求められる(リンク:ハローワーク)など、固定残業代を巡る法規制や実務上の要請は年々厳格化しています。

本記事では、固定残業代制度について企業が理解しておくべき基本的なリスクと、見直しの際に押さえておきたい実務上のポイントを、社会保険労務士の立場から解説します。

1.固定残業代が有効と判断されるための判例上の基本要件

固定残業代制度については、法律に明確な条文があるわけではありませんが、固定残業代の有効性をめぐって多くの争いが生じており、裁判例の積み重ねによって判断基準が整理されてきました。

現在の判例では、固定残業代が有効と認められるために、主に次の3つの要件を満たしているかが重要な判断要素とされています。

① 明確区分性

第一の要件として、固定残業代に含まれる

  • 通常の労働時間に対する賃金
  • 時間外労働に対する割増賃金

のいずれに当たるのかが、金額や時間数などから客観的に判別できることが必要です。

② 対価性

次に、支給されている固定残業代が、名称だけでなく、実態として時間外労働の対価として支払われていることが求められます。
この点については、契約書の記載内容だけでなく、使用者の説明内容や実際の勤務状況も含めて判断されます。

③ 差額支払合意

固定残業時間を超えて時間外労働が発生した場合に、その超過分について別途残業代を支払うことが合意され、実際にそのとおり運用されていることも重要なポイントです。

これらの要件のいずれかを欠く場合、固定残業代としての有効性が否定され、未払賃金が生じるリスクがあります。

2.無効と判断されやすい固定残業代の例

固定残業代が問題となるケースには、いくつかの共通点があります。
代表的な例を確認しておきましょう。

① 明確区分性が不十分なケース

雇用契約書に 「基本給30万円(残業代含む)」 とだけ記載されているケースが、これに該当します。

このような記載では、基本給のうち、どの部分が通常の労働時間に対する賃金で、どの部分が残業代に当たるのかを判別することができません。

テックジャパン事件では、最高裁判所が
「通常の労働時間の賃金に当たる部分と、時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできない」
として、固定残業代を無効と判断しました。

時間数や金額が不明確な制度は、たとえ企業側が「残業代として支払っていた」と主張しても、認められない点に注意が必要です。

② 対価性が欠如しているケース

「営業手当」「業務手当」「現場手当」「職務手当」といった名称で支給されている手当が、本当に時間外労働の対価として支払われているのかが争点となることがあります。

日本ケミカル事件では、最高裁が
「雇用契約書等の記載内容、使用者の労働者に対する説明内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況と固定残業手当の時間数が大きく乖離していないかどうかなどの事情を考慮して判断すべき」
との基準を示しました。

雇用契約書への記載や従業員への説明が不十分な場合、企業が後から
「営業手当や業務手当は実は固定残業代だった」
と主張しても、認められない可能性があります。
雇用契約書への適切な記載に加え、実態として残業の対価として機能していることが求められます。

③ 過大な固定残業時間を設定しているケース

労働基準法では、時間外労働の上限は原則として月45時間とされており、これを大きく超える固定残業時間の設定は、無効と判断されるリスクが高まります。


例えば、固定残業時間が月80時間を超えるような設定は、恒常的な長時間労働を前提としていると解釈されかねず、適切とはいえません。
法の趣旨にも反するため、「労働者の健康を害する制度」として無効と判断される可能性があります。

3.固定残業代制度が無効になるとどうなる?

固定残業代制度が裁判で無効と判断された場合、企業が受ける影響は決して小さくありません。 具体的には、次のようなリスクが想定されます。

① 固定残業代が割増賃金の基礎に算入される可能性

固定残業代が無効と判断されると、それまで残業代として支払ってきた金額が、「単なる手当(通常の賃金)」として扱われる可能性があります。

その結果、割増賃金の計算に用いる時間当たりの基礎賃金が上昇し、残業代の単価が大きく跳ね上がることになります。

② 未払い残業代の全額支払い義務

固定残業代の無効となる場合、企業は過去に遡って残業代を支払っていなかったと評価されることになります。

労働基準法では、未払い賃金は過去3年分まで遡って請求することができるため、複数の従業員から請求を受けた場合、支払額が多額になるケースも少なくありません。

③ 付加金の支払いリスク

裁判所は、未払い残業代の支払いを命じるだけでなく、同額の付加金の支払いを命じることがあります。その場合、企業は実質的に未払い残業代の2倍相当額を支払うこととなり、経営への影響は非常に大きくなります。

固定残業代制度の導入や運用には、このようなリスクが伴うため、導入時や見直しの際には、次のチェックポイントを踏まえた慎重な対応が必要です。

4.見直し時に確認すべき5つのチェックポイント

固定残業代制度を見直す際には、以下の5つのポイントを必ず確認しましょう。
これらを押さえることで、法的リスクを大幅に軽減することができます。

① 就業規則・雇用契約書の記載内容

まず確認すべきは、必須となる記載事項が適切に盛り込まれているかです。

  • 基本給(固定残業代を除いた金額)が明確に区分されていること
  • 固定残業代の金額および対象となる残業時間数が具体的に示されていること
  • 固定残業時間を超えた場合の追加支給の有無と計算方法が定められていること

【雇用契約書の記載例】

  • 基本給:24万円
  • 固定残業代:6万円
     (時間外労働 月30時間相当分)
  • 月額合計:30万円

※「月給30万円(残業代含む)」、あるいは、「業務手当6万円」 といった内容が判別できない曖昧な表現は避ける必要があります。

② 固定残業時間の妥当性

時間外労働の上限は、原則として

  • 1か月:45時間
  • 1年:360時間

とされているため、固定残業時間も30時間以内、多くとも45時間以内に設定することが望ましいといえます。

実際の残業時間とかけ離れた設定になっていないかを踏まえ、実態に即した時間数になっているかを確認しましょう。

③ 差額精算が実際に行われているか

固定残業時間を超えて時間外労働が発生した場合に、差額精算が実際に行われているかを確認することが重要です。

あわせて、差額精算の計算方法が、就業規則や賃金規程の内容と一致しているかも確認しましょう。

実際には残業時間が固定残業時間を超えているにもかかわらず、適切な精算が行われていない場合、固定残業代が無効と判断されるリスクが高まります。
そのため、タイムカードや勤怠管理システムなどにより、労働時間を正確に把握する体制の整備が不可欠です。

④ 最低賃金や諸手当との関係

最低賃金の判定にあたっては、固定残業代部分は除外して計算します。
基本給と対象となる諸手当の合計が、最低賃金を下回っていないかを必ず確認しましょう。

また、役職手当や職務手当など、割増賃金の算定基礎から除外できない手当がある場合には、それらを含めた基礎賃金で固定残業代が計算されているかも確認が必要です。

⑤深夜・休日労働への対応

固定残業代が時間外労働のみを対象としているのか、深夜労働や休日労働も含むのか、あるいは、残余がある場合に充当するのか、などを明確にしておきましょう。

時間外労働のみの場合、深夜労働(22時~5時)や休日労働の割増賃金は別途支払う必要があります。

固定残業代の対象範囲や、計算方法を就業規則、賃金規程や雇用契約書に明記し、明確に定義することが重要です。

5.固定残業代制度の見直し手順

固定残業代制度の見直しは、場当たり的に行うのではなく、段階を踏んで慎重に進めることが重要です。
ここでは、実務上押さえておきたい対応を、3つのフェーズに分けて解説します。

① 現状診断フェーズ

まずは、自社の固定残業代制度にどのようなリスクが潜んでいるのかを把握することから始めます。
就業規則や雇用契約書の記載内容に加え、実際の運用状況についても確認しましょう。

前章で解説した「5つのチェックポイント」を用いてセルフチェックを行い、問題点を洗い出してください。

特に、次のような場合には注意が必要です。

  • 裁判例で無効と判断されたパターンに近い制度設計になっている
  • 従業員から残業代に関する不満や相談が出始めている
  • 制度導入から5年以上、一度も見直しを行っていない

リスクが高いと判断される場合には、早めに社会保険労務士や弁護士などの専門家へ相談することをお勧めします。

② 制度設計フェーズ

現状診断の結果、問題点が見つかった場合には、固定残業代制度を再設計する必要があります。

実務上は、基本給に残業代を組み込む「組込型」ではなく、
基本給と明確に区分できる「手当型」への移行が望ましいでしょう。 明確区分性の要件を満たすことで、法的リスクを軽減することができます。

固定残業時間については、原則として45時間以内、できれば30時間程度に設定するのが無難です。
固定残業代の金額は、
「1時間あたりの割増賃金基礎単価 × 1.25 × 設定時間数」
を基準として算定します。

就業規則や賃金規程には、

  • 固定残業代が時間外労働に対する割増賃金であること
  • 固定残業時間を超えた場合の取扱い

を具体的に明記しましょう。
あわせて、雇用契約書にも、固定残業代の金額および設定時間数を明確に記載することが重要です。

③ 導入フェーズ

新制度への移行が労働条件の不利益変更に該当する場合には、特に慎重な対応が求められます。

例えば、

  • 基本給を減額して固定残業代を新設する
  • 既存の手当を固定残業代に切り替える

といった変更は、不利益変更に該当する可能性が高く、原則として従業員一人ひとりの同意が必要となります。

制度変更の理由や内容については、従業員に丁寧に説明し、必ず書面で同意を取得しましょう。
また、不利益の程度を減らすために、代替措置や経過措置を設けることも検討したほうがよいでしょう。

不利益変更はトラブルに発展しやすいため、制度設計から導入まで、社会保険労務士や弁護士などの専門家と相談しながら進めることをお勧めします。

6.見直し後の運用で注意すべきこと

固定残業代制度は、導入して終わりではありません。
見直し後も、適切な運用を継続することが、固定残業代を巡るリスクを回避するための重要なポイントとなります。

定期的な実態確認

タイムカードや勤怠管理システムを用いて、労働時間を正確に把握することが不可欠です。固定残業時間を超えた場合には、必ず差額分の残業代を追加で支払う必要があります。
「固定残業代を支払っているから、時間管理は不要」という考え方は、誤りです。
労働時間管理が不十分な場合、固定残業代の有効性そのものが否定されるリスクが高まります。

・超過分の確実な追加支払いと最低賃金の確認

固定残業時間を超えた時間外労働については、超過分を確実に追加支払いしているかを定期的に確認しましょう。
あわせて、最低賃金にも注意が必要です。
最低賃金は毎年改定されるため、固定残業代を除いた基礎賃金が最低賃金を下回っていないかを定期的にチェックする必要があります。

・給与改定・手当追加時の見直し

給与改定を行った場合や、新たに手当を追加した場合には、固定残業代の金額や設定時間数も影響を受けることがあります。

  • 基本給だけを変更した
  • 手当を追加しただけ

といった場合、 固定残業代が割増賃金として適切な金額になっているかを必ず確認しましょう。

給与改定の際に、固定残業代の見直しを失念してしまうケースは実務上非常に多いため、注意が必要です。

7.まとめ|早めの見直しが企業を守る

固定残業代制度は、適切に設計・運用すれば、労使双方にとってメリットのある制度です。
一方で、法的要件を満たしていない制度を放置すると、企業に深刻な経済的リスクをもたらす可能性があります。

固定残業代が無効と判断された場合、未払い残業代の支払い義務が生じ、
1人あたり数百万円規模となり、複数の従業員から請求された場合には、企業経営に大きな影響を与える金額になるケースもあります。

固定残業代制度は、「一度作ったら終わり」の制度ではありません。
定期的な点検と早めの見直しが、企業と従業員の双方を守ることにつながります。

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