【2025年改正】社会保険適用拡大はどこまで広がる?企業の対応完全ガイド

2025年6月に成立した「年金制度改正法」により、短時間労働者への社会保険の適用は今後10年間で大きくさらに拡大していきます。これまでは従業員数が一定規模以上の企業が中心でしたが、2035年には規模要件が撤廃されてほとんどの事業所が対象となります。

適用範囲が広がることで、企業には手続き面の負担や保険料負担の増加が避けられないため、早めの準備が重要です。

本記事では、社会保険適用拡大と企業が取るべき対応、そして将来を見据えたシミュレーション例について社会保険労務士が解説します。

1. 制度改正の全体像と2035年の見通し

2025年に成立した年金制度改正法は、パート・アルバイトなど短時間労働者を含む幅広い働き手が社会保険に加入しやすくするための大幅な見直しです。

今回の改正には、

・社会保険適用拡大の加速

・制度の公平性の向上

・基礎年金水準の確保(財源の安定化)

が柱として明記されています。

社会保険の適用は、従業員(※社会保険の被保険者)が501人以上の大企業から段階的に広がってきました。

これまで、501人以上→101人以上→51人以上へと広がってきましたが、2025年改正法はその動きをさらに後押しし、2035年頃までに企業規模による線引きはなくなる見込です。

今後10年を見据えた、適用拡大のポイントは3つあります。

(1)従業員数(規模)要件の撤廃

法改正により、企業規模要件が段階的に縮小・撤廃されます。

これからは、短時間労働者が週20時間以上働く場合は、企業規模に関わらず、社会保険の加入が必要となります。
改正の時期は、10年かけて段階的に縮小・撤廃するため、企業規模によって変わります。

  • 2027年10月:36人以上
  • 2029年10月:21人以上
  • 2032年10月:11人以上
  • 2035年10月:実質1人以上(規模要件がなくなる)
出典:厚生労働省

(2)収入基準(いわゆる106万円ライン)の見直し

いわゆる「年収106万円の壁」が撤廃されます。

これは、最低賃金1,016円以上の地域で週20時間以上働くと、年収換算で106万円になるため、最低賃金の上昇により壁が不要となるためです。撤廃の時期は、法律の公布から3年以内で、全国の最低賃金が1,016円以上となることを見極めて判断されることとされています。

(3)個人事業所の適用対象を拡大

現在、個人事業所のうち、常時5人以上の者を使用する法定17業種(※)の事業所は、社会保険に必ず加入することとされています。今回の改正により、法定17業種に限らず、常時5人以上の者を使用する全業種の事業所は適用対象となります。

※2029年10月の施行時点で既に存在している事業所は当分の間、対象外です

法定17業種

※①物の製造、②土木・建設、③鉱物採掘、④電気、⑤運送、⑥貨物積卸、⑦焼却・清掃、⑧物の販売、⑨金融・保険、⑩保管・賃貸、⑪媒介周旋、⑫集金、⑬教育・研究、⑭医療、⑮通信・報道、⑯社会福祉、⑰弁護士・税理士・社会保険労務士等の法律・会計事務を取り扱う士業

出典:厚生労働省

2. 企業への影響とリスク:何が変わるのか

社会保険の適用拡大は、企業にとって負担の増加を伴う大きな変化です。具体的には次のような変化が挙げられます。

●  社会保険料負担の増加

例として、パート3名が新たに加入する場合、事業主負担だけで、年間50万以上のコスト増となります。中小企業では、この負担増が経営に与える影響が大きくなるため、事前試算が欠かせません。

●  シフト管理・契約管理の複雑化

扶養内で働きたい従業員からの相談が増え、勤務時間や給与の調整が必要になります。勤務時間の見込みを正確に把握しておかないと、社会保険への加入漏れの法違反リスクが高まります。

●  労務管理の複雑化

副業や、複数の勤務先を持つ従業員がいる場合、両社で社会保険の加入が必要となるケースがあります。この場合は、社会保険の加入を両社で行うほか、2以上の企業で勤務届出が別途必要となります。会社の保険料は両社で案分されるため、給与計算も複雑化します。

一方で、従業員にとってはメリットがあります。

・将来の年金額が増える
・医療保障の充実
・福利厚生としての安心感向上

社会保険加入により、将来の年金額が増えることに加え、傷病により働けない場合の傷病手当金などの保障もあります。長期的には、制度の充実が従業員の安心感につながり、離職防止や定着率向上にも寄与するでしょう。

中小企業が特に影響を受けやすい理由

・人事・労務担当者が不在、または少人数である
・給与計算や手続きが属人的になりやすい

・対応の遅れやミスが経営リスクに直結しやすい

加入手続きや給与計算の負担が集中しやすく、制度対応の遅れやミスが経営リスクに直結することも少なくありません。

早期に体制を整え、必要な情報を一元管理することが、今後のリスク軽減には不可欠です。

3. シミュレーション:2035年にどこまで広がるのか

社会保険の適用拡大が進む中、企業規模や業種によって影響の度合いは大きく異なります。ここでは、3つの典型的なケースをシミュレーションして、2035年に向けてどのような変化が予想されるかを確認してみましょう。

①従業員15名規模の飲食店

現在は51人以上の企業基準に満たないため、短時間勤務のパート従業員は多くが加入対象外ですが、2030年には従業員数要件が撤廃され、半数のパートが加入対象となる可能性があります。

人件費試算では、パートの加入によって年間数十万円単位の事業主負担が増えることもあり、給与計算や申請手続きの負担も無視できません。

こうした負荷を軽減するため、クラウド型給与・労務管理ツールなどDX化の導入が効果的です。

②従業員4名の個人事業主による飲食店

現在は社会保険の適用対象外のため、短時間勤務のパート従業員の社会保険料負担は発生していませんが、将来的には、適用対象となることが想定されます。

社会保険料の増加によりキャッシュフローが圧迫される一方、パートタイム従業員によっては、扶養内に抑えるため、週20時間未満になるようシフト調整をしたり、人員配置の見直しが生じる可能性があります。

③パート比率が高い介護・福祉事業所

多くの従業員が短時間勤務であるため、適用拡大の影響は最も大きくなります。2035年には、ほぼ全員が社会保険加入対象となる可能性が高く、人件費の増加や事務負担の増大は避けられません。

しかし一方で、人員確保の観点では、社会保険加入が義務化されることによって福利厚生の充実感が従業員の安心感や定着率向上につながるというメリットも期待できます。

これらのケールのように、企業規模や業種に関係なく、将来的には、社会保険の対象範囲はほぼ全ての事業所に広がるという点です。早期にコスト試算や労務体制の整備を行い、DXツールなどを活用して効率化を進めることが、企業経営におけるリスク軽減につながるでしょう。

4. 中小企業が今取るべき5つの行動

社会保険の適用拡大は、特に中小企業にとって経営や労務管理に大きな影響を与えます。そこで、中小企業が今取るべき行動を5つのポイントにまとめました。

①対象者の把握とデータ管理

勤務時間・年収見込み・複数勤務などの情報を正確に把握し、

将来的な加入者を予測できるようにします。

加入漏れ防止にも効果的です。

②コスト試算と予算計画

2035年に向けた負担増を想定し、

年間保険料の増加や人件費の影響をシミュレーションします。

③従業員への説明・コミュニケーション

扶養内希望の従業員には特に丁寧な説明が必要です。

加入条件、保険料、将来のメリットをわかりやすく伝えましょう。

④労務DXによる効率化

取得届・喪失届などの手続きが増えるため、

クラウド型給与・労務管理ツールで業務負荷を軽減します

⑤改正スケジュールの定期チェック

2025〜2035年の間に段階的な変更が続きます。

前倒しで準備し、社内体制を整えることがリスク軽減につながります。

5. まとめ|2035年社会保険適用拡大に向けた企業の備え

社会保険の適用範囲は今後10年で大幅に広がり、従業員数の少ない事業所も対象となる可能性が高くなっています。

企業に求められるのは、
・対象者の把握
・コストの試算
・労務体制の整備
・労務DXによる効率化
を計画的に前倒しで進めること です。

事前に準備することで、制度対応の負担を軽減できるだけでなく、
従業員の安心感向上、企業の持続的な運営にもつながります。

まずは、自社の状況整理から始め、段階的に対策を進めていきましょう。